名古屋高等裁判所金沢支部 昭和31年(う)175号 判決
所論の要旨は、川辺平左ヱ門及びその長男川辺波男は原判示第一の土地につき法律上正当な権限がなくして不法に被告人二作所有の土地に立ち入りて稲苗を植付たものでその稲苗は被告人二作所有の土地と一体をなすに至つたもので(民法第二百四十二条)川辺平左ヱ門及び川辺波男はその稲苗に関しては独立の所有者ではない。従つて被告人両名が右稲苗を毀棄したからといつてその所為は毀棄罪を構成しないものであると主張する。
民法第二百四十二条は「不動産ノ所有者ハ其不動産ノ従トシテ之ニ附合シタル物ノ所有権ヲ取得ス但権原ニ因リテ其物ヲ附属セシメタル他人ノ権利ヲ妨ケス」と規定しているところである。被告人両名の原審公廷における供述、原審証人川辺波男、同川辺平左ヱ門、同酒井治七郎、同森本清一、同海辺学、同村中茂の各供述、被告人村中二作及び被告人村中信一の司法警察員並に検察官に対する各供述調書、法務事務官山崎甚吉作成の登記簿謄本、当審証人海辺学の供述を綜合すれば、本件の田は大正十四年十月十三日売買により被告人村中二作に所有権移転登記がなされていること、右登記につき川辺平左ヱ門及び川辺波男の主張は右の田は右平左ヱ門において耕作していたものなるところ同人は大正十四年頃当時他に債務がありその差押えを免れるため所有名義のみを村中二作に変更したもので実質上は依然として川辺平左ヱ門の所有であるといい、これに反し被告人両名は本件の田は大正十四年頃川辺平左ヱ門から買受けその所有権を取得したがその後も右川辺に耕作をさせていたものであるといい互に所有権の帰属を争つていることの各事実が認められるもその所有権がいずれにありとするも前示証拠によれば本件の田は大正十四年以前より引続き被告人二作の承諾の下に川辺平左ヱ門において使用収益し昭和二十一年頃より右平左ヱ門老齢のためその長男たる波男において事実上耕作していたこと、昭和二十九年三月頃被告人等において、川辺平左ヱ門及び川辺波男に対し自分等において耕作すべく返地を求めたが拒絶されたこと、同年五月四日頃氷見市宇波農業委員会において調停し昭和二十九年度(昭和三十年三月末日まで)は従来どおり川辺の方で耕作し所有権についてはそれまでに明確にすることとしその帰属については解決に至らなかつたこと、その後昭和三十年四月三十日頃再び右委員会を開いた結果同委員会においては、川辺方に耕作権があることを決定し双方に告知したこと、川辺両名は終始返地を拒絶して未だ返地していないこと、の各事実が認められる。以上認定の事実によれば少くとも川辺平左ヱ門及びその長男波男は、本件の水田につき、使用収益をする権利のあることが認められる。従つて同人等はその権原に基いて稲苗を植え付けたものというべく、被告人両名はいずれも、右稲苗は他人の物すなわち川辺波男の物なることを認識の上、互に意思を通じて原判示のとおりこれを毀棄したものなることが明らかであるから被告人等に対し毀棄罪の成立すること勿論である。従つて原判決がその挙示の証拠によつて原判示事実を認定したのは正当である。記録を精査しても原判決には事実の誤認及び法令の適用に誤りはない論旨は理由がない。
同第一点(ロ)(事実誤認、法令適用の誤)について、
所論の要旨は、本件は刑法第二百六十一条に該当する親告罪であるから被害者の告訴を訴追条件とするものなるところ本件の稲苗の所有者は川辺平左ヱ門であるから被害者は川辺平左ヱ門である。しかるに同人の長男波男から告訴がなされているのであるから訴追条件を欠如しているものであるというにある。
本件が刑法第二百六十一条に該当し親告罪であること及び告訴をなした者は川辺波男であることは所論のとおりである。原審証人川辺波男、同川辺平左ヱ門の供述によれば、本件の稲苗は川辺波男の所有なることが認められ、同人が告訴したものであるから、本件の訴追条件に何等欠くるところはない。論旨は理由がない。
同第二点(訴訟手続違反)について、
所論は、原審において弁護人が、本件土地の耕作権者は川辺波男ではなく、また公訴事実第一の被害者は同人ではないことの立証のため、取寄せにかかる富山地方裁判所昭和三十年(レ)第十九号仮処分事件の記録中1、不動産仮処分命令申請書、2、口頭弁論調書(昭和三十年六月十四日のもの)3、調書(証人川辺宗作)4、調書(証人海辺学)5、口頭弁論調書(昭和三十年六月二十日のもの)6、調書(証人村中茂)7、調書(証人森本清一)8、誓約書、9、判決書の取調を請求したが原審はこれらの書面が刑事訴訟法第三百二十一条第三百二十三条に該当し証拠能力を有するものなるにかかわらずいずれもこれを却下したのは違法であるというにある。記録によれば原審第二回公判期日において弁護人から証拠として右書面の取調請求がなされたこと、同日検察官は右取調請求に対する意見は次回に述べると陳述し、同第四回公判期日において検察官は右取調請求にかかる書証は全部証拠とすることに不同意なる旨陳述し、同第六回公判期日において原審は弁護人からの前記証拠の取調請求を却下したこと、同第七回公判期日において弁護人から更に前記富山地方裁判所昭和三十年(レ)第十八号仮処分事件の記録中書証として一、口頭弁論調書(昭和三十年六月十四日のもの)二、調書(証人海辺学)三、口頭弁論調書(昭和三十年六月二十日のもの)四、調書(証人村中茂)五、調書(証人森本清一)六、判決書の取調請求がなされ、(いずれも第六回公判期日において却下されたもの)これに対し検察官は証拠とすることに同意しないで右請求の却下を求め、原審は右弁護人の証拠調請求を却下したことの各事実が認められる。よつてその当否につき按ずるに原審第二回公判調書中、1不動産仮処分命令申請書、8誓約書は刑事訴訟法第三百二十一条の各項及び同法第三百二十三条の各号に該当せずかつ検察官において証拠とすることに同意しなかつた書面であるからこれらの証拠調請求を却下したのは正当である。……中略……25の各口頭弁論調書(証人の供述調書を除く)9の判決書は刑事訴訟法第三百二十三条第三号の書面として証拠能力を認められるものなるも、証拠能力があるからといつて、不必要と認められるものまでもすべてこれを取調べなければならないものではない。裁判所はその裁量により事件に関連性のないもの又は事件に関連性があつてすでに立証事項につき他の証拠により心証を得て更に証拠調べの必要がないと認めるときはこれを却下するを相当とする。本件記録によれば原審第六回公判期日までに本件につき被告人両名に質問をなしかつ証人として川辺波男及び川辺平左エ衛門の尋問をなしおり原審は弁護人の立証事項につき心証を得て証拠調べの必要なしと認めて前記2、5、9の証拠調請求を却下したものと認められる。
(裁判長判事 高城運七 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)